レプリカのうた -Replica's Song-
第4章:君のいる場所



 第27話 ティルエス研究施設(2)


 白い手によって、ゆっくりと扉が開かれる。
 そして広がるのは薄暗い闇。
 中心にある青白い光のおかげで、薄暗い中でも部屋がよく見渡せた。
 そこはやはりビスタが思っていた通りの『小さな』場所では無かった。部屋というより、ドーム状の広間を思わせる。
 壁は緩やかなカーブを描いていて、その球状の壁には本棚がひしめいていた。
 その空間には窓が無かった。唯一の明かりは、部屋の中心にある青白い大きな輝きだけだ。
「あった……」
 ライラックを先頭に、彼らは青白く輝く球体に近寄った。
 それは低い台座に固定され、煌々と輝きを放っていた。近づくだけでも微かな魔力を感じることが出来る。
「これが、この施設を動かしている魔力の結晶?」
「ルモア結晶だな」
 リントが青白い結晶に手を当てて呟いた。
 その球体は、人の頭より少しばかり大きい。
「何それ?」
「ルモア地域で採れた魔力の結晶のことだよ。製品番号みたいな感じかな? ルーガス結晶が一番価値が高いよ」
 青白く照らされたソロは、やんわりと説明を挟んだ。
「結晶っていうのは、本来とても小さいものだからアクセサリーとして術者が見に付けるんだけど、こういう大きな施設に使う場合はいくつもの結晶を術で練成してこんな風にコントロールし易いサイズにするんだよ」
 その説明にビスタは納得したように首を小さく上下させた。
 ソロは一呼吸置いて、ライラックに視線を注いだ。
「リラ、止められるかい?」
「もちろん。あたしを誰だと思ってるの? 早く動力を止めて、計画を遂行させるのよ」
 ライラックは黒く釣り上がった瞳で、その球体を睨め付ける。
「止めるって、どうやって?」
「これよ」
 彼女の白い指が示したのは、球体の台座だ。
 台座には薄いプレート状の板がはめ込まれており、そこには淡い色の魔術陣が浮かんでいた。
「結晶の魔力を動かすためには、術者が結晶の魔力をコントロールする魔術を掛けるの」
 彼女はそう短く説明を切ると、それの上に杖を掲げて何かを呟き始めた。
 その間に、ソロが解説を次いだ。
「ジェフラン教で大きな『結晶』が使われる場所では全部そうなんだ。その結晶を管理する担当の術者が、一定の期間ごとに大掛かりな術を掛けて管理するんだよ」
 隣にいるマルメロが関心したように頷くと、ソロが柔らかく微笑んだ。
「何本ものリボンで箱を閉じるイメージかな。それが複雑な結び方になればなるほど難しい魔術になるんだ……ツキさん?」
 ソロが急に彼女のほうへ目を向けた。
 ビスタとマルメロも同じくそちら見ると、彼女はキョロキョロと辺りを見回していた。
「ツキさん、どうしたの?」
「何かあった?」
 駆け寄る二人に目もくれず、彼女は彼らを押しのけるような形で前に出た。
 そして彼ら六人が来た扉の正反対に位置する場所――よく見ると、そこにも同じ形の扉がある――へ向かって手をかざした。
 彼女の手の平から巨大な魔術陣が浮かび上がる。
 仄暗い闇の中、それは綺麗に浮かび上がった。
「何してるんだ、姉さん」
 彼女の行動に気付いたリントが咎めようとするが、ビスタはそれを制した。
「待って、何か……扉の向こうで別の力と押し合ってるみたい」
 ビスタの肌に触れる空気が張り詰めていた。
 大きな魔力だ。
「気付かれたのかな……」
「というか、この部屋ごとぶっ飛ばそうとしているように思うんだけど……大丈夫なの!?」
 ビスタが焦った口調でソロを見ると、彼も困った表情でおろおろと赤い瞳を動かしていた。
「ま、まずいよ! ここには稼働中の魔力の結晶があるんだ。それにさらに大きな魔力をぶつけたら、研究施設どころかティルエスの半分は無くなってしまうかもしれない……!」
 ソロは焦燥のあまり声を枯らして叫んだ。
「結晶の動力は止まらないの!?」
「止めるように、今リラが魔術を上書きしているんだ」
 ツキへ目を向けると、いつの間にか彼女の周りには大量の魔術陣が浮かんでいた。
「これ、全部ツキが?」
 先ほどからツキは幾重もの魔術を代わる代わる使用していた。
 彼女の魔術ショーはいつ止むか分からないが、ドアの向こうの魔力が相当強いことは空気で分かった。
 ソロは腰から短い黒い杖を引き抜くと、何事か唱え始めた。
「ソロ、何してるの?」
 黒い杖から光が飛び出し、空気にうっすらと溶けた。
「結晶の周りに二重構造の薄い防御魔術を掛けたんだ。無いよりはマシかなって思って……」
「――ソロ、まずいわ!」
 ライラックが悲鳴を上げるような勢いで彼へ駆け込んだ。
 彼女が今まで跪いていた結晶にはもう青白く輝いている光は無い。
「終わったかい?」
 ソロはいくらか明るい声を出して彼女に向き直る。
 しかし、彼を見上げた彼女の表情はとても堅い。
「ええ、終わったわ。動力は止まった。だから……逃げて! あたしが足止めするから!」
「リラ、どうしたんだい?」
 結晶から駆け込んできた彼女の顔には焦りが浮かんでいる。
「この結晶の管理魔術の組み方がね、あたしの知っている特殊な術式だったのよ……。ソロ、もう分かった? ねえ、だから逃げて!」
 彼女の叫びと同時に、塞がっていたドアが音を立てて破壊された。
 両側から圧力を掛けていたせいだろう。
 豪奢な装飾は粉々に吹き飛んだ。
「――ああ、お前か。ライラ」
 ドアの向こうのそれは、こちらを見て冷ややかに笑った。
 彼と目を合わせた瞬間、ライラックは大きく肩を震わせた。
 しばらくして彼女の緊張した声が響く。
「……お久しぶり、リード兄様」
「よく来たな」
 ドアの残骸の向こうで、ライラックと良く似た色の瞳が笑っていた。



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