レプリカのうた -Replica's Song-
第4章:君のいる場所



 第25話 ティルエス


「――以上、検討を祈る諸君」
 大勢の視線の前でそう言葉を結ぶと、男は満足げに頷いた。
 彼が講壇の上から降りると、白い群集がざわめき始める。
 半球形の天井は見上げてもまだはるか上にある。どっしりとした何本もの柱が支柱となり、中央の大きなドームを支えていた。精妙な彫刻で埋め尽くされた内部は驚嘆の美しさだ。
 ステンドグラスを中心に、会衆席では多くの人々が立っていた。
 その人の塊の後ろで、マルメロは隣で首をこくこく動かしている人物の肩を小さくゆする。
「ビスタ、寝ちゃ駄目だよ」
「――え? う、うん、寝てないよ!」
 マルメロに揺り起こされビスタは黒い瞳をはっと見開いた。
 きょろきょろと辺りを見回しながら、ぎこちない笑顔を作る。
「あれっ、もう終わっちゃった?」
「ああ。お前が寝ている間にな」
 壁に背を預けていたリントがぴしゃりと言い放った。
 その隣ではツキがぼんやりとした瞳を宙に向けている。
「あはは、だから寝てないよ。ちょっと目を閉じてただけっていうか……ねえ?」
 同意を求める笑顔に、リントは冷たく視線を逸らした。
 ビスタは目の前でうごめく人だかりを見る。
「これ全部反王子派っていうのがすごいよね」
「そうだな。反王子派がこんなに大きい勢力だったのには正直ボクも驚いた」
 リントは青い瞳を鋭くして広間を見た。
「リントは反王子派を知ってたの?」
「数年前から、王子に対抗する派閥があるのは薄々噂になっていたからな」
 ここはティルエスの中にあるジェフラン教会の寺院の一つだ。
 セント・バーンハード寺院。ジェフラン教を信仰する聖堂であり、室内は教会の神父やシスター、そして教会術者がうろついている。
 目の前に広がる大広間は、この寺院の中心である。今は反王子派の術者で埋め尽くされているが、これは今日の『計画』のために集められたメンバーである。
 今群集の前に立って話を終えた男は、反王子派のリーダーの一人の術者だ。
 名をディツ=セルデンといって、アルブムに居たドニの兄――つまり、ライラックやソロの親戚の術者だそうだ。
「あら、ビスタおはよう」
 つんとした高い声が彼に呼びかけた。
 声のほうを見ると、忙しく蠢いている術者を掻き分けて、ライラックとソロがやってきたところだった。
「げぇっ、なんでバレてるんだよ……!」
「遠くからでもビスタがこくこく首を動かしてるのがバッチリ見えたわよ」
 ライラックが上品にくすくすと笑った。
「寝てて聞いてないと思うから、あたしたちの今回の計画、研究施設襲撃計画のことを説明するわ」
「ね、寝てないよ……少ししか」
 その言い訳じみた台詞に、ライラックは釣りあがった黒い瞳で彼を見た。
「……まあいいわ。えっと、あたしたちが今居るのはここね」
 ライラックは、手元にあった紙をビスタたちが見えるように広げた。
 どうやらこの街――ティルエスの地図らしい。
 彼女の白い指は地図の下のほうを示した後、北の方角へ指を滑らせた。
「あたしたちが今居るセント・バーンハード寺院から少し北へ歩くと、白くて大きい建物が見えるの。それがエメライナ大聖堂と大聖堂付属のティルエス研究施設よ」
 アルブムで聞いた話の通り、ここティルエスにはジェフラン教会の大聖堂と研究施設が存在している。
 今はそれの襲撃計画の最終会合というわけだ。
「それじゃ、行きましょう」
「え、もう?」
「計画は14時からよ。ああ、寝ていて聞いてなかったんだったわね」
 ライラックは澄ました声でビスタに向かってにっこり笑った。




 ティルエスは、フォルーネやアルブムに比べてとても広い。
 ソロの説明によると、ティルエスは昔からジェフラン教の拠点都市の一つとして栄えていたらしい。
 街の北へ進むにつれ、通りの幅は広くなっていった。
「ねえ、今更なんだけど、研究施設の囚人を解放なんてしちゃっていいの?」
 ビスタは隣を歩くソロへこっそりと聞いてみた。
「囚人というか、うん、そうだね、悪いことかもね」
 ソロは困った顔で曖昧に語尾をにごした。
 そしてしばらく自分の動く足元を見つめながら、言葉を継いだ。
「この研究施設に捕らえられている人は、元は殺人をしたとか盗みを働いたわけではなく、ある一つの条件を満たしたせいで投獄された人々しか居ないんだ」
「その条件って?」
「教会が管理する秘密を知ったからかな」
「秘密?」
「話せば長くなるんだけど、教会は数年前から何かおかしなことを研究しているみたいなんだ」
 ソロは説明に困ったようにして空を見上げる。
「それが何なのか具体的に分からないのが僕たち反王子派の痛いところだけど……」
「ソロは何で反王子派なの? ライラックの家の人は皆そうなの?」
「元々、教会のやり方に疑問を抱く声や異議を唱える声は教会の内部では少なく無かったんだ。僕たち――ガーフィーの親族たちの中にも、そういう考えを持っている人は多い。けれど、表向きは正統派なジェフラン教徒なんだ。ガーフィーは教会無くしては繁栄出来なかった一族だからね」
「その正当派のやり方に反発する考えを持った人の中でも、行動したのが『反王子派』ってこと?」
「そうだね、そういうことかもね」
 ソロは穏やかな微笑を浮かべる。
 ちょうどその時、先頭のライラックがぴたりと止まった。一行もそれに習う。
 いつの間にか彼らの前には大きな影が構えていた。
「これがエメライナ大聖堂およびエメライナ大聖堂付属ティルエス研究施設よ」
 ライラックがかん高い声で目の前に広がる建物群を見上げた。
 それのシルエットは尖った山々を見ているようだった。
 立派な装飾と彫刻が施された壁が連なり、上には空を裂くかのような鋭い凱旋が堂々とそびえている。
 ビスタが今まで見たジェフラン教の建物の中でも群を抜いて大きいものだった。
 その大聖堂の隣には、白い長方形の建物がどっしりと構えている。教会付属のティルエス研究施設だ。
 それは大聖堂に寄生するかのように寄り添い、横長に伸びている。高さは大聖堂の半分ほど。しかし横幅は大聖堂のゆうに三倍はあった。
「もうすぐで計画が始まるわ。あたしたちは、この大聖堂と研究施設を動かしている力を止めるの」
「どうやって?」
 マルメロの問いに、今度はソロがやんわりと返した。
「研究施設とかこういう大規模な場所は魔力をたくさん使うから、街に溢れている魔力じゃすぐ底をついてしまうんだ。だから自然の魔力を凝縮した結晶を作って、それを管理することで施設全部に魔力を送っているんだ」
 その説明に対し、まだ首をかしげているマルメロのために彼はさらに言葉を継いだ。
「つまり、その結晶が無くなったらその結晶の魔力を主として動いているものは全部停止するんだ。研究施設の中の防犯魔術も全部止まってくれて、計画を成功に近付けることが出来るんだ」
 ライラックは、研究施設の長方形に伸びた白い壁を睨んだ。
「あたしたちは研究施設の非常通路から入ろうと思うの」
「人には見つからないの?」
「あたしたちのほかにも、陽動班・解放班・指揮班がいるわ。大丈夫、皆を信じるのよ」
 彼女の顔は光の下だととてもまばゆい白だ。
 彼女は頬を紅潮させて、右手で拳を握った。
「計画は14時から。陽動班が各地で騒ぎを起こしてオトリになってくれるから、あたしたちが動力を止める。動力を止めたら、解放班が牢を開けて囚人を助けるの。いいわね? 頭に叩き込んだ?」
 ライラックは早口で一同の顔を見ながらまくし立てる。
 一同は揃って頷くと、ライラックは5人の先頭へ立った。
「じゃあ行きましょう。検討を祈るわ」
 彼女の黒髪を追って、彼らも歩みを進めた。
 大聖堂の鐘が14時を告げる。



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