レプリカのうた -Replica's Song- 第3章:学者の住む街 第20話 教会術者(1) 大きな家――つまり『博士』の家は、ウィリアムの宿から出てすぐのところにあったので迷うことはなかった。 その家を目印にして、青い屋根の家を探す。 すぐにドニの家だと分かるものを見つけた。彼は先ほどのウィリアムの言葉を思い出す。彼が言った通り、ドニの家はすぐに分かった。 門の外まで、動物と思われる生き物が飛び出している賑やかな家だ。庭を見ても、珍しい動物ばかりである。表札を確認するまでもなく、ドニの家だと確信が持てた。 門から中を覗くと、見慣れた姿の少女が居た。 「あ、ビスタ!」 マルメロは彼に気付き手を振る。 彼は招かれるようにして庭へ足を踏み入れる。 「今魔術見せてもらってたの。これすごく難しい魔術なんだって」 マルメロが地面にしゃがみ、魔術陣を差す。 たしかに入り組んだ複雑な魔術だ。 ビスタはそれに何気なく手を触れる。 すると荒い音が鳴り、ビスタの利き手が弾かれる。 「うわっ!」 「ビスタ、大丈夫?」 「解術使ってみたんだけどこの魔術外れないや……」 ビスタが拗ねて見せると、彼女はやんわりと微笑む。 「仕方ないよ。すごく複雑な魔術みたいだから」 その時、ドニの家から偉ぶった足音が聞こえる。 「――ちょっと、今あたしの魔術いじった馬鹿が居るわね!?」 そのつんとした声に聞き覚えがあり、彼はそちらを振り返る。 そこには堂々と立っている少女の姿があった。教会術者の白いローブを纏っている。やはり先ほどの少女だ。 「……誰?」 ビスタはマルメロにこっそりと聞いたつもりだったが、その声は彼女の耳にも届いていたらしい。 彼女は偉ぶった様子で咳払いをすると、片手に握っている白い杖をくるくると回しながら口を開く。 「あたしはライラック=リラ=ガーフィー。ジェフラン教の教会術者よ」 「ライラちゃんはドニさんの親戚なんだって」 マルメロはにこにことしてライラックを示した。 「この魔術もライラちゃんが作ったんだって」 「ああ、そっか。だから一般的な公式に当てはまらなかったんだ」 「そうよ。それはガーフィー家の魔術を元にして作った魔術だから教会の公式とは理論が違うの。……ってあんたね! あたしの魔術いじったのは!」 「いじってないよ。ちょっと触っただけだよ」 「嘘おっしゃい。解こうとしたでしょう」 彼女は硬い靴底を鳴らしてビスタの前に立ち、彼を睨む。 「ええと……ぼく、解術師なんだ。だからちょっと試してみたかったっていうか……」 「解術師? ルスミア教の? ああ、ドニ兄様が言ってたのってあんたね」 案外彼女はあっさりと納得した様子だった。 どうやらウィリアムだけでなく、ドニとも仲がいいらしい。 ライラックは透明な液体の入った瓶を取り出し、それを魔術陣に降りかける。 瓶を持つその手はとても白い。先ほどは遠目で気付かなかったが、白いローブに包まれたその肌も真っ白だった。 「えっと、名前なんだったっけ?」 「ビスタ」 「よろしく、ビスタ。あたしのことは好きに呼んで」 ビンが空になったところで、ライラックは手を止めた。 そして自分のかかとでその魔術陣を踏むと、それは音を立てて消える。教会術者がよくやる、使わなくなった魔術陣の処理だ。 手馴れた動作からして、彼女はよほど魔術の経験があるのだろう。 「ところでライラック。きみ、さっきウィリアムさんのことも叔父さんって呼んでなかった?」 魔術陣が消えたところで、ライラックはビスタたちに視線を戻した。 「ええ、そうよ。あたしの叔父様だもの」 彼女はそこでビスタを見つめて思い出したように目を見開いた。 そして黒い瞳を怪訝そうに細めた。 「そういえば、あんたのこと叔父様のところで見た気がするわ」 「うん。こっちずっと見てた気がするけど」 「あんたじゃないわよ! あのぶすっとしたほう見てたの」 「リントだね」 「え? ライラちゃん知り合いなの?」 ライラックが二人の視線を浴びながら、再び堂々と言い放つ。 「いいえ。でも、あたしあいつを追ってるのよ」 「え!?」 二人の声が重なる。 ビスタとマルメロは顔を見合わせる。 「リント何かしたの?」 「さあ。知らないわ。知らないから追ってるの」 彼女は真面目な面持ちできっぱりと答えた。 「ええと……。どういうこと?」 ビスタが弱ったような声で彼女に返す。 ライラックはその声を無視して上機嫌に頷く。 「とにかく、あんたが来たのは丁度いいわ。えっと、マルメロも知り合いなのよね? そのリントとかいう奴のことについて聞きたいことがいくつかあるんだけど」 「いや、ぼくたちもリントに会ったばっかりだからそんなに詳しくないし……」 ライラックが笑顔で詰め寄ってきたので、二人はその勢いに後ずさる。 「ああ、でも何で追ってるのか知りたいわよね。説明しないと教えてくれないわよね」 「え、いや……だから……」 彼女はわざと可愛らしくため息をつくと、白い指をぴっと立てて言い放つ。 「教えてくれたらマルメロのお友達だってティルエスから解放してあげてもいいわ」 「え、本当に?」 今のはマルメロだ。どうやら、フォルーネの一件を彼女に説明したらしい。 「ええ。あたしはそれが仕事だからね。」 「仕事?」 「そう。話してあげる、あたしたちのこと。だからあなたたちも協力するのよ、あたしたちに」 ライラックは吊り上がった黒い瞳で愉快そうに微笑む。 そして彼らを誘導するように、目の前の建物――ドニの家のドアを開ける。 ビスタとマルメロは一瞬顔を見合わせたのち、ライラックの背中へ続いた。 |