レプリカのうた -Replica's Song-
第3章:学者の住む街



 第18話 学者の住む街(1)


「はいはーい、到着。というわけで、『学者の住む街』へようこそ!」
 ドニは後ろの4人を振り返り、楽しそうに笑いかけた。
 噂のアルブムは、特に変わった場所ではなかった。
 フォルーネよりも人が少ない印象を受けたが、そう気になるほど少なくもない。
 ただ一つ気になった点と言えば、白衣を着ている人数の多さだろう。忙しそうに足を動かす人間の半数以上は、白い衣服をはためかせていた。
「話の通りだな」
 リントのむすっとした声が隣から聞こえた。
「何が?」
「教会と仲が悪いという話だ」
 ほら、とリントは街の遠くのほうへ指を差す。
「あっちが北だろう。西地方――つまり、ジェフラン教区の範囲内にある街なら、大抵街の北には白くてでかい教会が見えるはずだ」
「あ、本当だ」
 リントに促され、北のほうへ目を向けたビスタたちは驚いた顔を作る。
 それを見たドニは、ほら見ろと言わんばかりの様子で言葉を挟んだ。
「小さいジェフラン教会ならあるけどな。祈りたかったらそこへ行けばいい。……まあ、見るからに君達の中に熱心なジェフラン教徒は居なさそうだけど」
 ドニはそこで言葉を一旦切ると、声の調子を明るくした。
「アルブムは、他の街に比べてジェフラン教徒以外の数も多いんだ。ルスミア教徒とかロルトティ教団員もうじゃうじゃ居る」
「へー」
 ビスタは信教の名前を出されて少しばかり驚いた。
 祖国以外で、沢山の教徒に出くわすことになろうとは。
「よし。じゃ、知り合いが経営してる宿に連れてってやるよ」
 そうして歩き出したドニの背中を、彼らは慌てて追った。

 前を歩くドニは、ゆったりとした足取りで人通りの少ない道に入る。先ほどの大通りより道が多少狭くなり、家の密度が高くなっていた。
 どうやら住宅街に入ったようだ。
 アルブムの家は研究施設が一緒になっているためか、大きな家が並んでいた。小さな家に、もう一つ研究室のような建物が付いている家も少なくなかった。
「わっ!?」
 珍しそうに辺りを見回していたビスタの頬を、何か素早いものが掠めた。彼が何事かと驚いていると、ドニは笑いながらこちらを振り返る。
「ああ、ここらへんは魔力の研究してるやつが多い地帯だから気をつけろよ。今みたいな失敗作とか飛んできたりするから」
 彼はまだ笑顔を顔に留めたまま、さらりと説明した。
 その物言いからして、このようなことは日常茶飯事なのだろう。
「危ない住宅街……」
 ビスタはそう呟きながらヒリヒリと痛む頬を擦った。
 そんな彼の横で、今度はマルメロが声を上げる。
「わー、あの家大きいね」
 そう言って彼女が指した方には言葉の通り大きな家があった。確かに、周りのどの住宅よりも大きい。
 大きな二階建ての家に、さらに大きな研究施設のようなものが寄り添うようにして建っている。その建物には、どう使うのか分からない装置が沢山付いていた。
「あれは、魔術とか魔力を研究してるクラント博士の家。今は留守にしてるけどな」
 そう言って、ドニは大きな家の入り口を示す。
 そこには『A=G=QULANT』と書いた表札がぶら下がっていた。『A』だけ不自然な形で貼り付けられている。
「クラント……って、グラン=クラントの孫のクラントか?」
 リントが表札から目を外し、ドニに顔を向けた。仏頂面で問われたのにもかかわらず、ドニは相変わらず笑顔を崩さず答える。
「お、クラント博士知ってるの?」
「何度か教会に来てるだろう」
「そうそう。それで今教会に出張中なんだ。俺としてはあいつを持っていかれると研究進まなくて困るんだけど」
 ドニはそう言って肩をすくめてみせた。

 その大きな家を後にし、住宅街を抜けるとすぐに目的の場所が見えた。
「はーい、到着。迷子はいない? 大丈夫?」
 ドニは後ろを振り返り、大げさな動作で人数を数えた。
 その間に、ビスタは目の前の宿を見上げる。
 落ち着いた外装の宿だ。
 大きいとは言えないが、狭いというわけでもなかった。
 入り口には、何体か彫像が飾ってある。その中でも長い髪の少女の像が目に付いた。少女は険しい表情を浮かべ、独特な形の杖を持っている。どうやら、ジェフラン教の慈愛の聖母の像という雰囲気では無さそうだった。
 ドニが扉を開くと、ドアに付いた呼び鈴が自然に鳴りだした。その音に続いて、ビスタ達も中へと滑り込む。
 頭に響くような呼び鈴の音に気付き、受付で作業をしていた男が顔を上げた。彼はドニを見て嬉しそうな表情を浮かべた。
「おや」
 カウンターに居たのは、サングラスを掛けた初老の男性だった。目元には、薄く皺が刻んであるのが見える。
「よう、ウィリアムさん」
「お前が来るなんて珍しいな。かみさんに追い出されたのか、ドニ」
 彼はそう言って上品に微笑む。赤みがかった茶色の髪には、薄く白髪が混じっている。
「こいつらに部屋貸してくれねーかな。そこの森で拾ったんだよ」
 ドニの説明はかなり大雑把だったが、男はそれで納得したらしい。軽く二、三度頷いてからビスタたちににこりと笑いかける。
「あ、あの……」
「えっと、俺の親戚だから大丈夫。こちらここのオーナーのウィリアムさん」
 ドニに紹介されると、ウィリアムは軽く頭を下げた。





 部屋に案内された後、ビスタの部屋で今後のことについて話し合っていた。
 リントが「どうしてティルエスに行くのか」と質問してきたので、フォルーネの一件を話して聞かせたところだ。
 窓際では、話の輪から外れたツキがじっと外を見ていた。窓の外はすっかり暗くなり、月が輝きだしている。

「なるほど」
 姿勢も変えずにビスタたちの話を聞いていたリントは、話を聞き終わると軽く目を閉じた。
 何かを考えているように見えたが、その動作は一瞬のことだった。すぐに開かれた青い瞳が、彼らを見る。
「本来なら、ボクはティルエスなんかに行くつもりは無かった」
「うん、だろうね。何だか、教会のこと嫌いみたいだし」
「けど、キミたちの話を聞いたら、こちらも事情が変わった」
 その言葉にツキが反応した。彼女は、いつものぼんやりとした表情を浮かべてちらりとリントを見たが、すぐに視線を窓の外へ戻した。
 彼女の様子を気にせず、リントは言葉を継いだ。
「ボクたちも同行しよう。ティルエスの研究所へ」
「えっ!?」
 ビスタもマルメロも、その言葉には自分たちの耳を疑った。
 その反応を見たリントは青い瞳を細める。
「嫌ならいい」
「ううん。リントさん教会に詳しそうだから、嬉しいよ。ねっ、ビスタ!」
 マルメロは焦ったように言葉を発し、そして隣にいる彼に同意を求めた。
 ビスタはマルメロに頷き返す。
「うん、でも……」
 そして、言葉を濁しながら気遣うようにリントのほうを見た。
「リントはいいの? 目的あって旅してるんじゃないの? それに、ティルエスは教会術者が沢山いるから嫌なんでしょ?」
「むしろ好都合だ」
 リントはそこで言葉を切り、宙を睨む。
「ボクの目的は――教会を潰すことだから」



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