レプリカのうた -Replica's Song-
第2章:闇が照らす中で



 第11話 闇が照らす中で(2)


「教会の奴でも無いのに、キミはここで何してるんだい?」
 姿の見えない相手は、闇の中からそう問い掛けた。
 その言葉には、こちらを警戒するような響きが混ざっているようにも聞こえる。
 相変わらず視界は全くの暗黒であるため、相手の姿は少しも見えない。
「ええと、ティルエスに行きたくて――ここ通ったら行けるって聞いたんだけど」
「ティルエス……?」
 素直に答えたビスタに対して、それは中性的な声を発してから少しばかり間を置いた。何を考えているのか、こちらには全く検討が付くはずもなく、ただビスタは時間が過ぎるのを待つばかりであった。
「――キミ、やっぱり教会の関係者だろう」
 沈黙を破ったその声色は、どこか疑うような調子に思えた。
 その声はまるで、冷え切った冬の空気を思わせる。
 それが闇の中に響いただけで、周りの空気が急に冷えた気がした。
 彼は、本能的に危険を感じながらも、慌てて口を開く。
「え、ええと……だから、ただティルエスに行きたいだけなんだ。もちろん、教会術者じゃないし!」
「本当かい?」
 ビスタの必死な返答に、相手は未だに訝しげな声を送る。
「ほんとだよ! ぼく魔術なんて使わないし、それに――」
「……まぁいいや。教会術者なら、こんな道通らないと思うからね」
 それは諦めたように呟き、綺麗な声であっさりと会話を打ち切った。
「『こんな道』って?」
 ビスタはその言葉に引っ掛かるものを感じ、それの呟きに疑問を返した。
 問い返された相手は、一瞬間を置いてから、少しばかり速い調子で口を開く。
「おそらくだけど、ここは魔力が遮断されている。ランプも付かないし、魔術を使った跡も見つからない」
「ふーん」
 理解したのかしてないのか分からないような返事を聞いても、相手の口調は止まるどころか、丁寧な解説を続けた。
「教会術者って、何でも魔術に頼るだろう。だからこんな道を歩けるはずが無い」
「言われて見れば、空気中に魔力の気配があんまり無いような」
 先ほどから少し違和感を感じていたが、その原因はこれだったのだ。相手の説明を聞いてから、ビスタは静かに納得した。
 魔術の源となる『魔力』とは、空気中に分散している自然的な粒子と、術を使う人物に元々備わっている『魔力』両方を指す。
 片方が欠ければ、魔術を発動する以前に、魔力の気配だって感じることが出来ない。
 魔術に頼っている教会術者ならば、是非とも避けて通りたい道だろう。
「そっか、この洞窟は魔力を遮断してるのかー……何で?」
「ボクが知るわけないだろう」
「ええと、そっか」
 そのやり取りに疲れたのか、相手のほうからは、もう何度目にもなる呆れた様子のため息が聞こえた。
「はぁ……。そんなことより、今はこの状況をどうするかだろう」
「ああ、そうそう」
 ビスタは突如と思い出したように、言葉を明るくさせる。
「そういえば、ぼく、一緒にいた子とはぐれちゃったみたいなんだよね。ていうか流された?」
 それを聞いた相手は、少し間を置いてから、ふと空気を揺るませる。
「道探しに人探し……か」
 その影がこちらを向く気配がした。
「それじゃあ、ボクと一緒だ。ボクの場合、道探しよりも人探しのほうが大変そうだけど」
 その声に少しばかり安堵の響きを聞いたのは気のせいだったろうか。
 ビスタはさらに相手に提案した。
「じゃあ、一緒に行こうよ」
「はぁ?」
 こちらの言葉が意外性を帯びたものだったのだろうか、相手は驚いたように聞き返した。
「あれ、駄目?」
 ビスタがそう言うと、相手はまたしばらく黙り込んだ。何か考えていたのだろうか、それからやはりため息を付きながら言葉を発した。 
「――まぁここにいつまでもこうしてるわけにもいかないからね」
 相手が動き出す気配を感じた。
 ビスタは見えない相手に向かって自然と手を差し伸べる。
「じゃ、改めて――ぼくはビスタ。きみは?」
「……リント」
「リント?」
「何?」
 こちらの反応に驚いたように、相手はまた怪訝そうな声を覗かせる。
「ぼくの知り合いにもリントっていうのが居るから」
 ビスタは、昔を思い出すかのように、闇のその奥を見つめながら言った。
 相手は相変わらずこちらに呆れたような声色で、ため息交じりの返事を返す。
「別に"リント"なんて名前、ここじゃ珍しくも無いだろう?」
「え、そうなの?」
 それを聞いたビスタは、驚いたように反応した。
「ここは西だぞ? ほとんどの人口がジェフラン教徒だ。子供に付ける名前なんて聖書から取って当たり前だろう」
「へー」
 当然と言った説明に、ビスタは一つ賢くなったような気がした。
 どうやら、相手は相当説明するのが好きらしい。
「へぇって、キミもジェフラン教徒だろう?」
 "リント"――西地方には良くある男の名前である。
 そう名乗る彼は、訝しげに問い返した。
「んー、ええと、ぼく東から来たんだよね。だからルスミア教」
 その反応に先ほどの感覚を思い出したのか、ビスタはあわてて説明を加えた。
 本来ならば、他の教徒にあまり信教を知られたくはなかったが、相手はどうやらジェフラン教の術者を毛嫌いしているようだ。自分の不利になることは無いだろう。
 その答えに、リントは「へぇ」と関心したような頷きを見せた気がした。
「東三大宗教のひとつか。――まてよ、じゃあ何で名前は"ビスタ"なんだ」
 ビスタ。これも西地方で使われる男性名である。確かに、東出身の人物が、こちらの名前を使っているのには少々違和感を感じるであろう。
「ええと、ぼくの名付け親がこっちの人だから――かも?」
「ふーん。でも、ボクはキミみたいな知り合いは居ないから。人違いだろう」
 そう言って、彼はこの話題を冷たくあしらった。
「うーん……そうだね。雰囲気も違うから人違い……かも?」
 相手の強い否定の言葉に押されながら、ビスタは無理矢理納得したように頷いた。
「そんなことより、考え事しているとつまづくぞ」
「いでっ」
 彼の言葉通りに、ビスタは足元を硬い岩のような物に打ち付けた気がした。
 そんな彼の様子を見て、リントはぽつりと呟いた。
「……キミ、学習って言葉、知ってる?」
 酷く呆れたため息は、もう聞きなれた気がする。
 その元凶が全て自分にあるのだと理解しつつ、ビスタは痛みが響く足をさすり始めた。
 目の前には、やはり暗い闇しか広がらない。



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