レプリカのうた -Replica's Song- 第2章:闇が照らす中で 第9話 向かう先 そこは、辺り一帯、緑に歓迎されていた。 視界に映る景色の端々まで、爽やかな色をした草木たちが密集している。 時折、ささやかな風がそこを通り抜けると、鮮明な緑たちは、ただ静かに悠然と舞う。 翠緑で囲まれている細い道には、木々の日溜りが、淡い陽を零していた。 その場の空気は、全て木や草の匂いで満ちており、時々、小鳥たちの細高いさえずりも届く。 まるでその森は、外との繋がりを忘れるような、そんな風にさえ思えてくる場所であった。 「――ねむい……」 今朝、何度目かになる欠伸を噛み殺しながら、少年――ビスタはげっそりと呟いた。その先頭では、軽やかな足取りで緑の世界を踏み締める少女が居た。 彼女は楽しくて仕方がないといった様子で、せわしなく左右上下に瞳を動かしている。 「そんなに珍しいかなぁ?」 踊るように小道を歩くマルメロの様子を、一歩下がった距離で見ていた彼は、そう口にした。 その一言で、自然の加護を受けたかのような緑色の髪がこちらを向く。 「うん! だって、わたしあまり外に出たこと無かったから。――フォルーネと家以外の物を見れるのが楽しくて!」 彼女は、そこで目を輝かせながら、勢い良く口を開いた。 「ああ……旅立っちゃった、どうしよう! これからすごい冒険とかするんだよね、きっと! ビスタはどこかの王子様で国を追われて来たとか、囚われのお姫様を助けたり、悪い魔女を倒したり……ああ、楽しみ……!」 フォルーネで繰り広げられた彼女の空想ワールドも、旅立ちと一緒に持ってきてしまったようだ。彼女の症状も、ここまで来るともはや重症である。 とにかく、彼女は一人で遠くの方を見ながら、夢見がちなマシンガントークを披露していた。 「マ、マルメロ……少し落ち着いて――」 「ねっ、楽しみ!」 少女を落ち着かせようと声を掛けた瞬間、彼女はビスタの顔を恐ろしい瞳で見つめながら、勢い良く呼びかける。 「ええと……そうだね……」 彼はその情熱に何とも言えない気まずさが走り、勢いで頷いてしまう。 その答えに満足したのか、はたまたその答えさえ聞いていないのか、彼女は再び身軽に先頭を歩き出した。 そして、先ほどと同じくその後ろを歩くのは、眠たげな表情を浮かべている少年だった。 彼――ビスタは、今朝早くにマルメロに叩き起こされ、まだ明るくなり始めたころだというのに、早々とフォルーネを発った。 昨夜彼女が説明したように、フォルーネを抜けると、そのすぐ北西に行ったところに小さな森が茂っていた。そこを抜ければ、黒髪の教会術者が言っていた『ティルエス』という街に着くはずなのだ。彼らは、マルメロ曰く「お友達」のジュンを追って、その街を目指し始めた。 そして、以上の理由で、彼らは今、この爽やかな風の通り道を歩いているのである。 しかし、どう見ても、ここには馬車の通った印となるわだちすら残っていない。ということは、ジュンを乗せた馬車は、違うルートを通ってティルエスに向かっているのだろう。第一、昨夜見た馬車は、このような森に適しているものとも言えなかった。 少年は、ぼんやりとそんなことを考えながら、終わりの見えない緑色の世界を、ただ呆れたように歩いていた。 「ていうか、どこまで行ったら出口なんだろう……」 先ほどから延々と続く、神秘な青々とした景色にも、まるで興味が失せたような顔でビスタは呻いた。 歩けど歩けど、前には一向に緑しか現れずにいる。 そんなビスタの一歩先で、マルメロは疲れの色一つ見せずに、先ほどと同じように彼を振り返った。 「きっともうすぐだよ!」 気疲れしたような、そんなトーンの下がった声に返す彼女は、それとは正反対に、嬉しそうに声を弾ませて答えた。 足の動きにも、未だ疲れを見せず、まるで空を飛ぶかの如く、軽妙に地を蹴り上げている。 「マルメロ、疲れてないの?」 ビスタが驚いたような表情で、目を丸くしながら問う。 それに対する表情は、きょとんとしたものであった。 「うん。だって、まだ少ししか歩いてないよ?」 そう不思議そうに問いを返す彼女の声色には、言葉通り疲労の影も見えない。 「それに、わたし、体力には少し自信があるんだよ」 にっこりと笑って、彼女は再び軽やかにステップを踏み出した。 彼は彼女を見て、それからまだまだ続く道を見つめながら、げっそりと呟く。 「うん、ぼくも少し自信があったつもり……なんだけど」 ビスタは、歩んできた道をふりかえり、今はもう気が遠くなるほど見えなくなってしまった森の入り口を思い出しながら、ぽつりと洩らした。 「…………少し?」 進む先は、全て緑。 その中を歩いていると、自分の目はおかしくなってしまったのではないかと錯覚さえしてしまう。 しかし、今、そのげんなりするほどの緑一色の世界に、違う世界の入り口が、顔を覗かせた。 「ここを抜ければ、ティルエスに着くの……かなぁ?」 目の前の道を見つめ、ビスタは不安気に黒地の闇を見つめた。 「うんうん、絶対そうだよ!」 魔術式ランプを片手に、彼らはその闇へと踏み出した。 まるで、暗鬱とした闇に誘われるようにして。 そうして、二つの影が暗然たる門に消えゆく。 抵抗さえせずに。 ただただ、照らす闇に、導かれるままにして。 |