レプリカのうた -Replica's Song-
第1章:逃げ出した駒



 第4話 対峙


 それの年頃は、ビスタとさほど変わらなかった。
 囚人服をはためかせたそれは、獲物である教会術者を、ゆっくりと見据える。
 首から下げた、ジェフラン教の印である十字架と、白を基準にしたシンプルなローブ。それらがありありと、教会地下の囚人であることを主張していた。
 風に揺れたローブの裾は、元は白だったのだろうが、今は灰色に変化していた。
 そして、その灰色のローブからは、痩せ細った四肢が覗いている。
 伸ばされ放題の前髪の下は、生気の感じられない表情だ。しかし、その瞳だけは、飢えた獣のようにギラギラと輝いていた。


 それは、体制を立て直したビスタに気付いた様だった。
 微かに表情を動かし、口を重そうに開いた。

「まだ……人が居たのか」
 吐き出された呟きは、先ほど聞いたものと同じく、深く、暗い声だった。
 対してビスタが返した言葉は、それの質問とは全く噛み合ってない返答だった。
「ええと……フォルーネの人の遊びって……過激だね」
 呑気な返答に、それは、再度低い声で返した。
「遊びじゃ、無い――これは復讐だ」
「復讐?」
「こいつらには報復が、要る」
 相手はそこで会話を打ち切って、身体を獲物へ向けた。
 空気中の魔力の動く気配が、肌を通して伝わる。
 囚人服をはためかせながら、術者たちに手をかざした。それの手には、先ほどのような光が成る。
 ――殺す気だ!
 ビスタは咄嗟に、地を蹴った。
「駄目ーーーーっ!!」

 彼が走り出すのと、少女の叫びが聞こえるのが同時だった。
 どこからか飛び出してきた少女の悲鳴と同時に、囚人服を纏うそれの、細い身体は簡単に吹き飛んだ。
「痛そー……」
 えげつない音がして、ビスタは顔をゆがめた。
 たった今、魔術を放とうとしたそれの細い身体は、綺麗に孤を描き、地面にのめり込む勢いで落下したのだった。
 それは、落下した後、しばらく何の動きも示さなかった。
 どうやら今のは、脇から飛び出てきたこの少女がやったものらしい。
 しかし、どう見ても小柄な少女が突き飛ばしただけだとは思いにくかった。

 それを突き飛ばした後、少女はわき目もふらず、倒れている教会術者に駆け寄った。
 どうやら、まだ生きていることを確認したらしい。
「……マルメロ」

 またもや、ビスタが発言しようと口を開きかけるのと、それがむくりと起き上がり、低く呻くのが同時だった。
 それは、彼女を、冷たく睨めている。手をかざして、魔力をそれに集中した。空気が、彼の手に集まっていくのがわかる。
「俺は、教会を殺さなきゃ、気がすまない……」
 どうやら、それは、一緒に居る少女までも巻き添えにするつもりらしい。
 その魔術が向かう方向は、教会術者と、未だに状況が良く掴めていない少女だった。

「――駄目だっ!」
「え……?」
 少女は、突然視界に入ってきたビスタを見て、驚いたように目を見開く。
 どうやら、目の前のことに必死で、彼のことは今始めて視界に入ったようだ。
 光が散乱する。先ほどと同じく、空気中の魔力が、それの手に集まる。魔術の印である魔方陣を、空気中に描いた。

 しかし、それは空気が萎むような音がして、突然発光を止めた。
 それは、発動すると同時に、急に効果が切れたように、空気中で消えたのだった。
 まるで、蒸発するかのように、発動を停止したのだ。

「ええと、大丈夫?」
 ビスタは、背後に庇った少女を振り返って、問う。
 少女は、まじまじと、恩人の顔を見つめた。
「王子様……」
「へ?」
 少女は、瞳をキラキラと輝かせながらうっとりとつぶやいた。
 そんな彼女の反応に、ビスタは今ひとつ状況について行けず、間の抜けたような声を出すばかりだった。
「ね、ねぇきみ……」
「ジュンくん!」
 ビスタが目の前の少女へ、ゆっくりと話しかけようとしたが、それも叶わなかった。
 少女は、はっとしてビスタの肩越しへ視線を向けた。
 いつの間にか忘れ去られていたそれは、こつぜんと姿を消していた。
「追わなきゃ!」
「ぶっ」
 今度は、視線が遠くを見ていたので、駆け出そうとした少女の脳天が、ビスタの顎へヒットする。鈍い打撃音が、あたりに響いた。
「いっ……」
「きゃー、ごめんなさい王子様!」
「お……?」
「王子様、助けてくれてありがとう」
「ぼくは王子じゃないんだけどー」
 困り果てているビスタを見て、少女は笑って言った。
「ピンチの時に現れるのは大抵王子様でしょ?」
 目の前で瞳を輝かせてる少女を見て、ビスタは困ったように聞き返す。

「そうなの?」
「そうなの!」
 彼が、のんびりと言葉を発し終わるのを待たないうちに、少女は勢い良く詰め寄って、瞳を眩しく輝かせた。



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