レプリカのうた -Replica's Song-
第1章:逃げ出した駒



 第3話 正体


 ほぼ壊滅しかかった街で、逃げ惑う人々の足音は、南へ向かっていた。
 あたりを見渡すと、逃げる人々の数も、既に数える程度になっていた。きっと、ほとんどの人々は安全な場所へ避難した後なのだろう。

 先ほどから叫び続ける爆音は、は未だに鳴り止まない。
 むしろ、音は近くなり、さらに迫力を増していた。その原因は、ビスタが、先ほどの店員の止めの言葉を聞かずに、音が鳴るほうへ向かってきた所為だった。
 ビスタは、その音の原因を突き止めたかった。確認しておきたかった。
 なぜなら、先ほどから感じる魔力が、彼の探しているものに近い感じがしたからだ。

 ビスタが北へ向かうに連れて、大音量の爆音は、まるで彼から逃げるようにして、北へ向かっていた。
 北へ向かうにつれて、街の象徴である、真っ白な建物が見えた。それは一見周りの風景に馴染んでない気さえするほど、白がひときわ目立っていた。
 四角い屋根のそのまた上には、大きくて白い十字架が、真っ直ぐに掲げてあった。普段、飽きるほど目につくそのシンボルは、ジェフラン教の象徴である。
 信者から教会術者まで、十字架を身に付けている人を見るのは珍しくもない。
 どうやら、魔力は教会のほうへ向かって行っているようだ。
「近い……」
 吹き飛ばされそうなほど、莫大な魔力が、一直線に肌に当たる。
 正に、『それ』が危険な存在だと知らしめるかの様に、空気が重く張り詰めていた。

 そもそも、誰が何の目的で、フォルーネを破壊させたのだろう。
 それほど魔術に対する知識が無い彼でも、空気に散っている魔力の粒子が強く、鋭いことが理解できた。現在、魔術を扱えるのは、主に魔術の知識を学院で身に付けた者である。となると、この大規模な事件を起こしているのは、少なくとも魔術を扱える者――即ち、教会術者ということになる。
 しかし、本来、市民の安全と平和を願う教会術者に、こんなことをして何の利益が得られるというのだろうか?
 ただ魔術を自慢したかっただけなのか、それとも教会に嫌気がさしたのか――……。
 ビスタは、いくつもの仮定を生み出しながら、やはり音のする方向へ進んでいた。

  「――……あれ」
 ふと、そこで張り詰めた思考が崩れた。
 彼がこの異変に気付いたからだ。
 そう、今まで、痛いほどに感じていた空気が、急に沈んだのだ。
 まるで、操られていた糸が切れたように――術者の意識が途切れたかのように、魔術の気配が無くなっていた。
 先ほどまで確かに近くにあった、痛いほどの魔術が、綺麗に、消え去っていたのだ。





「げっ……」
 ビスタの鼓膜が、近づいてくる人の気配と、微かな足音を捉えた。
 彼は、反射的に、薄暗い裏路地へ身をひるがえした。
 その理由は、先ほどから、白い法衣に身を包んだ教会術者たちに見つかっては、犯人に間違えられて追い掛け回されたりして、いろいろと面倒なことになっていたからだ。
   しかし、そのおかげで情報がいくつか得られた。
 どうやら、犯人は教会の地下から逃げ出した囚人らしい。
 ここで言う囚人とは、西地方において悪さを犯し、教会の地下牢へ入れられた者のことである。

 そこで、ひとつ疑問が浮かんだ。
 ――教会囚人が、なぜこれほどまでに大規模な魔術を扱えるのだろうか。

  ビスタが、裏路地に息を潜めながら、教会術者たちを盗み見た。まるで、その時の彼らの瞳は、獲物を探す獣のように鋭い眼光を輝かせていた。今にも視線がぶつかり合いそうなくらい、せわしなく、左右に目を凝らしている。
 そこにいる教会術者の影は、二つだった。どちらも白い法衣をまとい、胸元には、白くきらめく十字架。ひとりは、背丈ほどある黒い杖、もうひとりは腰くらいの長さの細い杖を持っていた。それは、魔術を扱う者が使う『魔術の媒介』のような物で、教会術者であれば、持っているのが当然の物だった。

「もう遠くへ、逃げたんじゃないのか?」
 ひとりが、溜息を付きながら、相棒である、もうひとりの教会術者へ話しかけた。
 話しかけられた教会術者も、長く息を吐き出して、言葉を返した。
「ああ、街に留まる理由なんか無いからな――聞けば、無実だったそうじゃないか?」
「無実――」

 そのとき、だった。

 突然、ひとりの長い棒状の杖が、ぐにゃりと曲がったのだ。

「――え?」
 ビスタも何が起こったのか理解できずに、目を凝らして、行く先を凝視した。浅く息を飲むと、自分の鼓動が早くなっているのが分かった。
 そう、先ほどまで感じていたあの、魔力の気配だ。
 魔力の粒子が空気中で集まり、光を成す。その光は、天を向いて放出され、また先ほどのような爆音がとどろいた。
 教会術者は目をぱちくりさせながら、あたりを警戒した。
 ビスタは、彼らの姿と、周りの風景を、穴が開くほどじっと見つめていた。
 この、痛いほどの魔力の持ち主は、近い。
 彼は、背中に、冷めた汗が通るのを感じた。

 そして、それは、とうとう姿を現したのだ。

「……教会術者……」

 暗く低い声が、まっすぐに、彼らに降り注いだ。
 それは、まるで呪詛を吐く様にさえ、聞こえた。

「うわっ!!」

 先ほどから気になっている、この魔力の主がわかった。
 しかし、それに気付いたのは、あの野獣の咆哮のような音と共に発せられた爆風に、再び吹き飛ばされた時だった。
 反射的に、口から驚愕の悲鳴が漏れたが、それらも虚しく、大音量のそれに飲み込まれた。

 その人影が、教会術者たちの上から降ってくる。今の魔術の衝撃で気を失ったらしい教会術者のふたつの影は、正に今追い求めている犯人が至近距離にいるというのに、ピクリとも動かなかった。

 肌に当たる空気が、妙に鋭く感じた。
 空気中の魔力が、やけに、肌を刺激していた。  
 


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